カテゴリー別アーカイブ: きものの知識

こどもの日、陣羽織(仁乃覇織)と兜

今回は、第一回越ヶ谷宿甲冑めぐりで東京きもの越谷店に飾られている陣羽織(仁乃覇織)と兜をご紹介させて頂きます。

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こちらの写真の両端に飾られているのが、陣羽織です。右にある赤い陣羽織は、60歳の還暦に着る時の陣羽織です。左にある紫色の陣羽織は、70歳の古希に着る時の陣羽織です。兜は、昭和45年のものです。

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陣羽織は、男の第二の人生への出陣にふさわしい慶祝の衣裳です。人生をより長くより豊かに再スタートの気概を込めてお召し頂きます。人生の最大の祝儀として盛大にお祝いされてきた還暦は、本卦還りと言われるように自分の生まれた干支に戻ること、つまり赤ん坊に戻るという意味と赤には魔除けの意味があるということから、末長い長寿を祈って赤いちゃんちゃんこを家族や近親者が贈るならわしといわれています。こうした男の旅立ちに際して長寿や幸福を雄々しく切り開いていくには、人事万物ことごとく調和・発展を願った陣羽織が最高の衣裳です。日本の伝統が息づく慶祝の心を込めて作られた陣羽織で還暦を盛大に晴れやかにお祝い頂けたらと思います。第一回越ヶ谷宿甲冑めぐりを盛り上げるため飾らせて頂きました。

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街行く方にもご覧頂けました。最後に従業員さんと記念撮影です。

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清左衛門のきものに使われている糸

今回は、清左衛門のきものに使われている糸をご紹介させて頂きます。

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左側の糸は、通常の着物に使われている糸です。そして、繭です。右側の糸は、清左衛門のきものに使われている糸です。繭も通常のものよりも小さい繭です。新小石丸と言われているものです。こちらの繭は、大変細い糸ですので同じ長さの糸で右と左の違いがわかると思います。こちらの細い糸を使うことにより、細かい柄、しなやかさ、軽さが生まれています。この糸は、スカーフで有名のエルメス社で使われている糸と同じです。エルメスのスカーフをご覧頂いている方は、糸の細さ、しなやかさをご理解頂けると思います。清左衛門のきものは、今、人気のある着物の一つです。まだ、ご覧になっていない方は一度見て頂くと素晴らしさがわかって頂けると思います。

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手ぬぐいのルーツ

今回は、手ぬぐいのルーツについて書きたいと思います。手ぬぐいのルーツは、武将の鉢巻と言われています。鎌倉時代の武将の肖像画には、烏帽子の上から白い鉢巻を締めている姿が描かれています。古代より白は神聖な色とされていて『魔除け』に通じて、戦いの勝利を願って武将たちが頭に巻いていました。今も受験やスポーツの応援の際に白い鉢巻をするのはその名残のようです。この鉢巻は、江戸時代になると素材が麻から木綿に代わり、布の幅も広くなります。ホコリをよけるために姉さんかぶりや頬かぶりとして使われるようになり、さまざまな場面で頭部を覆うために使われていました。やがて手をぬぐったり、体を洗ったりするなど日常で用いられるようになり、名前も『手ぬぐい』になりました。そうした用途には、神聖を意味する白い布は使えません。手ぬぐいに模様がついているのはそのためなのです。

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扇子は日本の発明品

今回は、うちわと扇子について書きたいと思います。

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うちわは、紀元前1000年ごろには中国で使われていたことが分かっているそうです。日本へ伝わったのは奈良時代で、このうちわを見た日本人が人間の手の形をヒントに『折り畳めるうちわ』を平安時代に考案したそうです。熊手型の葉を持つシュロを参考にしたとの説もあるようです。薄い檜の板を重ねた檜扇(ひおうぎ)と呼ばれる物で、これが扇子の元祖だそうです。持ち運びができ、顔を隠す道具としても使えることなどから宮中では必需品となっていました。扇子の親骨に現在の家紋のような飾りを彫ったり、骨の色を身分によって変えたりして、持つ人の階級を示すようにもなりました。一方、うちわは持ち運びしづらいことなどから、神事など限られた場面で使われていたようです。しばらくすると扇子は中国に輸出されて、瞬く間に普及したようです。16世紀になると欧州にも広がり、17世紀のパリには150軒の扇屋があったとも言われています。この扇子を日本の庶民が使うようになったのは、和紙が普及した江戸時代後半と言われています。もともと高貴な人が使っていたことから神が宿る物とされて冠婚葬祭や家を建てる際の上棟式などの儀式に欠かせない物となっています。こうした歴史から、今も公の場や外出先で使用するなら扇子が基本になっています。和紙の普及でうちわも広がりましたが、こちらは家のなかで使う物としての位置づけになっています。例外は浴衣姿で花火大会に行くなど気軽なお出かけです。そもそも浴衣は風呂上がりや寝間着として家のなかで着るものです。このため浴衣にはフォーマルな場で使う扇子よりも、うちわの方がふさわしいと思われていたからです。浴衣にうちわはその名残があるようです。

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江戸小紋のいわれ

今回は、何故小紋といわれるのかについて書きたいと思います。このお話は、聞いたお話です。『小紋』という字は小さいに紋と書きます。これは、昔の侍が裃を来たときに自分の紋を裃の柄にしたことから始まったと言われております。そのときの柄が小さく柄が入っていて○○家を表したことに始まったようです。ですから紋が小さく柄になっていることから『小紋』と言われているそうです。

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例えば、こちらの柄は徳川将軍家、お召十字小紋です。

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こちらは、佐賀鍋島家、鍋島小紋です。

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こちらは、加賀前田家、菊菱です。

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こちらは、薩摩島津家、大小あられです。

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こちらは、紀州徳川家、極鮫です。このように、お家によって柄が違う裃を来ていたようです。ここから江戸小紋柄が取られて来ているというお話があります。

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変わった伊勢型の型紙

今回は、江戸小紋に使われる変わった伊勢型の型紙を紹介させて頂きます。

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こちらの型紙の模様は何に見えますか?こちらには、よく見ると文字が書かれています。『心技』と書かれています。すべて手で作られていますので技と心がこの型紙、江戸小紋に込められていることを意味して作ったそうです。素晴らしいですね。こんな日本の伝統文化を残して行きたいですね。

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伊勢型の型紙

今回は、江戸小紋に使われる伊勢型の型紙を紹介させて頂きます。

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こちらの型紙は江戸小紋を染めるのに使われている型紙です。こちらはすべて和紙で作られていて、強度を上げるために柿渋が塗られています。型紙は、職人さんが一つ一つ手彫りで彫られています。今はもうその職人さんもいないようですのである型紙を丁寧に保管しながら使って染められています。こちらの型紙は生地の上に乗せて糊を引き染めます。一つの型紙を送りながら染めますので、左右上下に型紙を合わせても柄が続いているように彫られています。すごい技術です。ですから、柄と柄の境目がないようになっています。この型紙があるからこそ江戸小紋ができるのです。

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大島紬の平織りの織り方

今回は、大島紬の平織りの織り方について書きたいと思います。

平織りは、経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を交互に浮き沈みさせて織る最も単純な組織の織り方です。機で平織りの織り方の説明です。

 

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世界三大織物の一つ、大島紬

皆様は、世界三大織物をご存知でしょうか?ペルシャ絨毯、ゴブラン織、大島紬だそうです。大島紬は、日本の三大紬にも入っております。日本三大紬は、大島紬、結城紬、塩沢紬だそうです。今回は、その大島紬の特徴について書きたいと思います。大島紬は、工程から見て二度織る織物で、世界で一番細かい絣織物だと言われているそうです。伝統があり、あまり柄の流行がないのが特徴です。また、着る立場からは年齢幅が広く、軽くて暖かくシワになりにくいです。着崩れしにくく、濡れても縮まなく、表裏がありません。着用後のお手入れも楽だという特徴もあります。

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ユネスコ無形文化遺産てなに?

今回は、ユネスコ無形文化遺産について書きたいと思います。

結城紬は2010年11月16日にユネスコ無形文化遺産に登録されました。

ユネスコとは、国際連合教育科学文化機構の総称です。

無形文化遺産とは、文化的に捕縄に価値があり、人の交流に重要な役割をしているものや衰退・消滅・破壊などの危険性があるものに対して、その大切さを認識すると同時に保護活動を行って未来へ継承していくことを目的としているものです。現在65ヶ国以上の貴重な文化が登録されております。

芸能、伝承、社会的習慣、儀式、祭礼、伝統工芸技術、文化空間などが対象となっております。

日本では、「能楽」、「人形浄瑠璃文楽」、「歌舞伎」などが登録されています。2009年9月には、「小千谷縮」、「越後上布」などが登録されております。

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